東京高等裁判所 昭和63年(ネ)1055号 判決 1990年6月28日
控訴人 有限会社カムイ牧場
右代表者取締役 曽田せつ
右訴訟代理人弁護士 斎藤一好
斎藤誠
大島久明
桑原育朗
被控訴人 小森邦男
右訴訟代理人弁護士 秋山信彦
小部正治
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一1 請求原因事実は当事者間に争いがない。
2 抗弁1(特約違反)について
被控訴人が、訴外会社の委託を受けて昭和五九年九月ころ訴外金庫に対し本件土地を担保として提供し、本件根抵当権を設定したこと、これに基づき訴外会社が訴外金庫から三〇〇〇万円を借り受けたこと、控訴人主張の約束手形を訴外会社が被控訴人に対し振り出したことは、当事者間に争いがない。
しかし、控訴人主張の右手形を呈示しない(手形上の請求をしない)旨の特約の存在を認めるに足りる的確な証拠はない。すなわち、原審における証人曽田瑛史及び控訴人代表者の各供述中には右主張に副う部分があるものの、これと反対趣旨の原審における被控訴人本人尋問の結果を照すと、右供述のみによつて右手形を呈示しない旨の合意が成立しと認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1は、理由がない。
3 抗弁2(原因関係不存在)について
(一) 控訴人は本件手形の原因関係は、前記当事者間に争いのない被控訴人の訴外会社のための担保提供にかかる本件土地の所有権喪失によつて被ることのある損害の担保である(これ以外には本件手形授受の原因は存在しない。)旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。かえつて、≪証拠≫によると、後記(二)で説示する求償債務の履行に関し昭和五四年九月二八日公正証書が作成された(抗弁2(二)(1)記載の合意がなされたことは当事者間に争いがない。)直後に、前記損害を担保する趣旨で訴外会社から被控訴人に対して昭和五四年八月二五日に振り出されていた金額三〇〇〇万円、満期を同月三〇日とする約束手形の満期が、訴外会社によつて昭和五五年九月三〇日に訂正され、更に、昭和五八年九月三〇日と変更され、最終的には、右手形と交換に控訴人振出しの本件手形が交付されたこと、訴外会社は当時本件根抵当権の被担保債務につき履行遅滞の状況にあつたこと(ちなみに、昭和五八年九月二九日現在の残元本は二二二三万九六八〇円であつた。)、本件土地につき昭和五四年一〇月一六日訴外金庫の申立てによつて競売手続が開始され、約定の昭和五五年九月二〇日が経過しても本件根抵当権の抹消登記がなされなかつたことが認められるから、本件手形の原因関係はむしろ被控訴人の訴外会社に対する事前求償権及びその遅延損害金債権の担保であると認めるのが相当である。
したがつて、その余の点について検討するまでもなく抗弁2(一)は理由がない。
(二)(1) 抗弁2(二)(1)の各事実は当事者間に争いがない。
(2) 民法の求償に関する規定は任意規定であるから、契約自由の範囲で求償権を約定によつて生じさせ得るものである。しかも右(1)認定の合意は事前求償についての合意であり、訴外会社の免責ないしは被控訴人に損害の発生(本件土地所有権の喪失)したことを必要要件とするものではないので、控訴人の同(2)の主張はそれ自体失当である。
(3) 訴外金庫が昭和六三年八月三〇日被控訴人との間で、本件根抵当権を放棄する旨の訴訟上の和解をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、前記3(一)、(二)(1)認定の事実によれば、昭和五四年一〇月一六日の訴外金庫の本件根抵当権に基づく競売申立てによつても、また訴外会社が昭和五五年九月二〇日までに本件根抵当権を消滅させなかつたことによつても、被控訴人の事前求償権が発生していたものと認められるところ、右和解により本件根抵当権が消滅し被控訴人は本件根抵当権の実行により本件土地を喪失するおそれが全くなくなつたのであるから、被控訴人の事前求償権も消滅するにいたつたもの(同日までは本件根抵当権の実行により本件土地を喪失するおそれがあり、事前求償権は存続していたのであり、右のような消滅原因によつては契約の取消し又は解除の場合と異なり当初に遡つて事前求償権の発生原因がすべて消滅するものではないから、遡及的に消滅するものではないと解すべきである。)というべきである。
しかしながら、≪証拠≫によれば、被控訴人は、昭和五五年九月四日付けの書面で当時の訴外会社の代表者曽田玄陽に対し同月末日までに本件根抵当権を消滅させるよう催告し、その履行がされないときは斎藤一好弁護士に預けてある約束手形(前記3(一)認定の満期が同月三〇日に訂正された約束手形)を呈示する旨通知し≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、右書面は同月一九日までには到達したものと認められる。)、斎藤弁護士にも書面で同月二五日までに右履行のないときは右約束手形を呈示するよう依頼したことが認められ、右事実によれば、被控訴人は、訴外会社に対し、遅くとも同年一〇月一日には事前求償権を行使する旨の意思を表示し、これを請求したものというべきである。そして、右事実及び当事者間に争いがない抗弁2(二)(1)アbの合意(この遅延損害金の約定は、事前求償金が直ちに支払われれば、それをもつて訴外会社の訴外金庫に対する債務を弁済し、本件根抵当権の実行を免れることができるのに、その履行が遅滞した場合には、本件根抵当権の実行のための手続の進行により、本件土地の所有権を喪失するにはいたらないまでも、通常その対応等について有形無形の損害(これらの損害は事後求償の場合にも避けることのできない費用その他の損害として請求することができるものと考えられる。)を被ることが予想されるので、(弁論の全趣旨によれば、事実、被控訴人としては訴外金庫の本件根抵当権に基づく競売申立てによつて開始した競売手続について種々の対応を強いられたこと、しかも本件根抵当権の消滅は訴外会社の出捐によるものでなく専ら被控訴人の努力によるものであることが認められ、被控訴人は損害を被つていることが推認される。)、遅延損害金の形で損害賠償額の予定として定められたものと解される。)の事実によれば、右請求の日の翌日である同月二日から和解成立の日である昭和六三年八月三〇日までの年三割の割合による遅延損害金が発生しているものというべきであり(元本である事前求償債権の金額を三〇〇〇万円とみるか当時の訴外会社の訴外金庫に対する債務額とみるかの問題はあるが、いずれにしても、それが本件約束手形の金額である三〇〇〇万円を超える金額になることは明らかである。)、右の既に発生した遅延損害金債権は、前記和解により本件根抵当権が消滅し元本債権である事前求償権が消滅したとしても、それが遡及的な消滅でない以上、消滅するものではないから、右和解が成立したことのみをもつて直ちに本件手形の原因関係がすべて消滅したものということはできない。
(4) 前記3(一)に説示した事実関係のもとでは、被控訴人の本件手形金請求が権利濫用にあたるとはいえず、他に、被控訴人の請求が権利の濫用にあたると認めるに足りる確実な証拠はない。
したがつて、控訴人の同(4)の主張も採用するによしない。
(5) 本件約束手形の原因関係の債権は、被控訴人と訴外会社間の約定に基づいて発生した事前求償権と遅延損害賠償債権であるから、事前求償権のみが原因債権であることを前提とする同(5)の主張はその立論の前提において誤りがあり採用することができず、また右原因関係の債権は民法四六〇条の規定によつて発生したものではなく被控訴人と訴外会社間の約定に基づいて発生したものであるから、民法四六一条の規定の適用はないものと解されるので、控訴人の同(6)の主張も採用の限りでない。
4 以上によれば被控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきであり、これと符合する第一の一1記載の手形小切手判決は認可すべきである。
二 よつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却する
(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 赤塚信雄 桐ヶ谷敬三)